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明石家さんまの息子・ 二千翔の仕事は社長?慶応大学卒のエリートだった!

特番「誰も知らない明石家さんま」にて、

明石家さんまさんの息子・大竹二千翔(にちか)さんと娘・IMALUさんとの親子の絆物語がドラマ化されるそうです。

IMALUさんは芸能活動をされていますから、よく見ますが、

大竹二千翔さんはテレビに出演されたことを見たことないですよね。

今回はそんな大竹二千翔さんの仕事や学歴(大学)、

明石家さんまさんとのエピソードについて調査しました。

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明石家さんまの息子・ 二千翔の仕事は社長?

明石家さんま息子二千翔仕事

明石家さんまの息子(大竹二千翔)は社長?

大竹二千翔さんは大学卒業後はアメリカで就職しました。

しかし、アメリカの仕事は1年半で飽きてしまい、日本に帰国したそうです。

帰国後は大竹しのぶさんとIMALUさんの所属事務所「エスター」で二人のマネジメントをしていたようです。

その後は2011年に「ジェミー株式会社」を起業しました。

明石家さんま息子二千翔仕事

しかし、「ジェミー株式会社」の社長は大竹二千翔さんではなく、

渋谷幸太郎さんという方でした。

大竹二千翔さんは会社の立ち上げに携わっていますが、会社の代表ではないようです。

つまり、大竹二千翔さんは「ジェミー株式会社」の運営スタッフの1人です。

一方、「ジェミー株式会社」に所属しながら、

大竹しのぶさんが所属する事務所「エスター」の代表取締副社長としてマネジメントも行っています。

大竹二千翔さんは、「ジェミー株式会社」のスタッフである傍ら、

事務所「エスター」の副社長でもあるのです。

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明石家さんまの息子(大竹二千翔)の仕事内容

ジェミー株式会社がどんなことをやっているのか調べたところ、

事業内容は、

  • Webサイト(アプリ)制作
  • Webサイト(アプリ)企画・運営
  • Web・印刷物のデザイン制作全般
  • Web戦略(コンサルティング・SEO対策・広告代行・SNS運用など)

と書かれています。

どうやら、マッチングサイトに特化したWeb制作会社のようです。

もう少しわかりやすく説明しますね。

ジェミー株式会社では、

「narrow」という芸能人になりたい10~20代中心の方と

所属者・出演者を探している芸能事務所や企画会社などをつなぐ

芸能マッチングサービスを運営しているようです。

登録プロダクション2,500社、利用オーディション実績3000本を突破とかなり大規模なマッチングサービスのようです。

それ以外にも、

「gemmy(ジェミー)」という、

オーディション情報に特化したソーシャル・ネットワーキング・サービスも運営しているようです。

大竹二千翔さんの現在の仕事は、

事務所「エスター」でマネジメントをする一方、

その経験を生かした芸能よりのマッチングサービス事業を行っているようですね。

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明石家さんまの息子・ 二千翔は慶応大学卒!

明石家さんま息子二千翔仕事
  • 名前:大竹二千翔(おおたけ にちか)
  • 誕生日:1985年1月29日
  • 出身:東京都
  • 趣味:読書・カラオケ・人と話すこと

大竹二千翔さんは高学歴なようで、小学校と中学校は公立に通っていたようです。

高校受験では、慶應義塾・早稲田・青山学院・立教高等学校に全部合格したようです。

その中から慶應義塾高等学校(偏差値:76)を選んで、進学したようです。

そして、そのまま慶應義塾大学経済学部(偏差値:67.5)に進学しました。

   

明石家さんま息子二千翔仕事

その後無事、慶應大学を卒業しています。

大学卒業後はアメリカで就職したようです。

慶應義塾大学を卒業し、アメリカで就職なんてエリートすぎますね。

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明石家さんまと息子・ 二千翔のエピソード

明石家さんま息子二千翔仕事

大竹二千翔は明石家さんまと血がつながっていない

実は、明石家さんまさんと大竹二千翔さんは血が繋がっていません。

明石家さんまさんは1988年に大竹しのぶさんと結婚しましたが、

大竹しのぶさんには前夫・服部晴治さんとの子供がいて、

その子が大竹二千翔さんです。

服部晴治さんについて簡単にご紹介しますね。

明石家さんま息子二千翔仕事
  • 名前:服部晴治
  • 職業:TBSプロデューサー・ディレクター
  • 1982年、大竹しのぶさんと結婚。
  • 1985年、大竹二千翔さんが誕生。
  • 1987年、末期の胃がんで死去。

大竹しのぶさんは前夫の服部晴治さんの他界によって、シングルマザーになりました。

その時に支えてくれたのが明石家さんまさんでした。

明石家さんまさんと大竹しのぶさんは「男女7人夏物語」での共演がきっかけで、

1988年に交際・結婚。

翌年の1989年に娘のIMARUが産まれますが、

明石家さんまさんは連れ子の大竹二千翔さんを分け隔てなく接していたそうです。

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明石家さんまは息子に「ボス」と呼ばせた

明石家さんまさんは、

大竹二千翔さんが「お父さん」とは呼びにくいだろうと思い、

子供たちに自分を「ボス」と呼ばせているそうです。

ボスと呼ばせるなんて、ユーモアと愛に溢れてますね。

明石家さんま息子二千翔仕事

実は、明石家さんまさんも幼い頃に両親が離婚しており、

明石家さんまさんと継母の関係があまり良くなかったそうです。

幼い明石家さんまさんは、どんな手を使って継母を笑わせようとしても、

結局、継母は自分が産んだ子供だけを”自身の子供”だと思っていたそうです。

だからこそ、明石家さんまさんは大竹二千翔さんの気持ちを人一倍知っていたのでしょうね。

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誕生日プレゼント「コーヒーメーカー」

大竹しのぶさんのインスタグラムにはこんなエピソードの投稿されていました。

明石家さんまさんの誕生日、

大竹二千翔さんは昼間ふらっとプレゼント買いに行ってくると出かけたそうです。

コーヒーメーカーを買ってきたそうですが、

絶対に明石家さんまさんは持ってるに決まってるのになあと少し不安な気持ちでいたようです。

明石家さんま息子二千翔仕事

しかし、いざプレゼントを渡すと「2日前に壊れたんやあ」と明石家さんまさんがいったそうです。

壊れていることを事前に知っていたのか?偶然だったらすごいですね。

これに対してみんながわあと盛り上がったそうです。

実はこのコーヒーメーカーは高価なものだったようで、10万以上します。

明石家さんま息子二千翔仕事

「だって本当にあげたいものあげたかったから。」と大竹二千翔さんが言っていたそうです。

父親思いなのもそうですが、息子にここまで思われる明石家さんまさんもすばらしいですね。

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さんま、気功で息子の喘息を治す

明石家さんま息子二千翔仕事

大竹二千翔さんは幼少期、喘息を患っていました。

入院するほどのひどい喘息持ちで、薬を服用するも、一向に良くならなかったそうです。

明石家さんまさんは、そんな二千翔さんを自分で何とか元気にしようと、

当時研究していた気功法を、二千翔さんに施すことにしたそうで、

明石家さんまさんは、喘息で苦しむ大竹二千翔さんを寝かせると、

その側に座り、じっと二千翔さんを見つめ、

大竹二千翔さんの喘息の原因を”100本の針”だとイメージしたそうです。

そして、二千翔さんののどに手を当て、

その針の束を自分自身の手で少しづつ吸収し、

自分の体内で消えていく様子を絶え間なくイメージしたのだそうです。

なんと、その後、

二千翔さんの喘息は完治したという。

都市伝説みたいな話ですね。

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大竹二千翔さんはインタビューの中で、

「お父さんはかっこいい」と話していたそうで、明石家さんまさんはとても喜んでいました。

1992年に明石家さんまさんは大竹しのぶさんと離婚したので、

大竹二千翔さんと一緒に暮らしたのはたった4年間でした。

それでも今も父親として尊敬されているのですから、

いかにさんまの愛情が深かったのかが分かりますね。

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まとめ

今回はそんな大竹二千翔さんの仕事や学歴・明石家さんまさんとのエピソードについてまとめました。

大竹二千翔さんはとても優秀な方のようですね。

また父親思いであることもエピソードから伺えました。

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