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明石家さんまの生い立ちが壮絶!継母との現在や兄弟・父親とのエピソードを調査

明石家さんま生い立ち継母兄弟

日本で知らない人はいないであろう明石家さんまさん。

テレビで見ない日はないですよね。

また、面倒見も良くて多くの後輩芸人、芸能人たちから尊敬されている人柄の持ち主です。

そんなお笑い界の大御所の明石家さんまさんですが、

その満面の笑顔からは想像できないくらい壮絶な過去があったといいます。

今回は明石家さんまさんの生い立ちや家族(継母・兄弟)との関係などについて、

詳しく見ていきましょう。

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明石家さんまの生い立ちが壮絶!

明石家さんま生い立ち継母兄弟

明石家さんまさんといえば、いつも大きく口を開けて大爆笑している姿が思い浮かびますよね。

そんな明石家さんまさんですが、生い立ちは壮絶だったようです。

父親の再婚

明石家さんまさんは1955年7月1日に和歌山県で生まれました。

上には正樹さんというお兄さんがいました。

家族4人で暮らしていましたが、

明石家さんまさんが3歳の時にお母さんが病気で亡くなってしまいます。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

実は明石家さんまさんが小学校4年生のとき、父親が再婚されたそうです。

継母には連れ子がおり、歳の離れた弟ができたと、

明石家さんまさんは大喜びだったそうです。

しかし、新しいお母さんには遠慮もあり、

お母さんも実の子どもである弟ばかり可愛がったそうで、

新しい親子の間には大きな溝がありました。

明石家さんまさんは、継母を笑わせようと頑張っていたそうで、

その経験がお笑いの力になったと本人は語っています。

それでもお母さんとの溝はなかなか埋まらず、

兄である正樹さんが語ったところによると、

そのお母さんが隣の部屋で酒を飲みながら

「うちの子はこの子(弟)だけや……」

って言うのが壁伝いに聞こえてきたんだそうです。

これを聞いて、二人でよく二段ベッドで泣いていたそうです。

一緒にいる時間が長い母親から愛情をもらえず、辛い思いをしていたのでしょう。

このことが原因で、さんまさんはお酒が苦手になり、

お酒を飲む女性も苦手になってしまったのだそうです。

こんな大変な幼少期に続き、さらに大きな悲劇が明石家さんまさんを襲います。

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大好きな弟の死

継母との関係は良くなかったようですが、

弟とは年齢が離れていたようですが、とても仲良く生活していたそうです。

しかし、可愛がっていた弟は、

19歳の時に火事が原因で亡くなってしまいます。

実家が全焼するほどの家事だったようです。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

亡くなる前の年の10月には、ワールド・カップを二人で観に行こうと話していたそうです。

とても仲の良い兄弟だったのですね。

明石家さんまさんはお笑い芸人として、すでに冠番組を持つほど人気がありました。

しかし溺愛していた弟を失ったショックで、番組でも笑いがとれなくなってしましました。

本気で芸人を辞めようと考えたこともあったようです。

そんな窮地を救ってくれたのが、同期であるオール巨人さんでした。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

共演した舞台の上で明石家さんまさんに「お前んち、兄弟焼いたらしいな」と際どいボケをかましました。

本来なら怒ってもおかしくない際どいボケですが、

明石家さんまさんはこれがオール巨人さんの励ましだということに気づき、

「そや、材木きれたから代わりに焼いたんや」と、そのボケに乗ったそうです。

そして、舞台はそれまでにない一番の盛り上がりを見せました。

明石家さんまさんは、後に「ありがとう。これで芸人やめんで済むわ」とオール巨人さんに感謝したそうです。

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墜落事故で死ぬところだった

1985年8月12日に起きた「日本航空JAL123便墜落事故」。

「上を向いて歩こう」の坂本九さんをはじめとした520名の方が犠牲になった痛ましい事故でした。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

明石家さんまさんは当日、フジテレビで「オレたちひょうきん族」の収録後、

JAL123便で大阪へ移動し、毎日放送「ヤングタウン」に出演する予定でした。

しかし、

たまたま「ひょうきん族」の収録が予定よりも早く終わったために、

JAL123便をキャンセルして一つ前の便で大阪に向かい、運良く墜落事故を逃れたのです。

墜落事故の情報を受け、大きなショックを受けた明石家さんまさんは、

出演した事故当日の生放送ラジオ番組を報道特番に切り替えました。

この事故をきっかけに、

さんまさんは新幹線で行ける場所へは飛行機ではなく新幹線を利用するようになったそうです。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

明石家さんまさんの娘、IMALUさんの名前の由来である「生きているだけで丸もうけ」この言葉の中に明石家さんまさんの人生が詰まっていますね。

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明石家さんまの継母の現在は?

明石家さんま生い立ち継母兄弟

明石家さんまさんの継母は、

弟さん以外は自分の子供と思っていなかったそうですが、

弟さんがなくなった後の関係はどうなのでしょうか。

また現在も家族として生活しているようでしょうか。

調べてみましたが、継母が現在どうしているかといった情報はありませんでした。

年齢は恐らく80歳前後ではないでしょうか。

一時期、介護施設にいるのでは?といわれていましたが、

噂レベルで真実かどうかはわかりませんでした。

これだけ情報がないとなると、

明石家さんまさんとの関係はほとんど途絶えてたのではないでしょうか。

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明石家さんまの家族構成は?兄弟・父親エピソード

明石家さんま生い立ち継母兄弟

先ほどお話しした通り、母親が亡くなる前は、

父、母、兄、明石家さんまさんの4人家族でした。

しかし、母親が亡くなって父親が再婚し、

父、継母、兄、明石家さんまさん、弟の5人家族になったようです。

弟さんとはとても仲が良かったようですが、お兄さんとはどうだったのでしょうか。

兄弟とのエピソードを調べてみました。

明石家さんまさんを尊敬していた弟

19歳で亡くなってしまった弟さんはサッカーが得意で、

奈良育英高校のサッカー部のキャプテンもつとめていたのだそうです。

そして、インターハイや国体にも出場経験があり、

将来はサッカー選手になるのでは、と期待されていました。

弟さんは明石家さんまさんのことをすごく尊敬していたそうで、

明石家さんまさんのいうことは全て正しいと思っていたそうです。

それだけ素直で汚れのない心を持った人であり、明石家さんまさんとの信頼関係が強かったのでしょうね。

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明石家さんまそっくりの兄

お兄さんは、明石家さんまさんとそっくりであることで有名なようです。

お兄さんの写真がこちらです。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

確かに、体型は違いますが顔のパーツとバランスが似てますね。

お兄さんとは6歳も歳が離れているようです。

現在父親がはじめた「カラオケバーさんま」を継いでいるそうです。

がっつり明石家さんまさんの名前入ってるんですね。

お兄さんは既に3回ご結婚されているらしく、現在の奥さんは30歳ほど年下のようです。

すごい年の差婚ですね。

また明石家さんまさんと同じく競馬好きなようです。

共通の趣味があると、話も合いそうですね。

お兄さんとは、辛い過去を一緒に乗り越えてきましたから強い絆で結ばれているのでしょうね。

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明石家さんまの父親

明石家さんまさんの芸名は、父親の職業からの由来です。

父親の本名は「杉本恒」さん。

サンマなどの魚の加工業の仕事をしていたそうです。

父親は年齢50歳のときに急死し、死因は心肺急停止だったそうです。

葬儀は密葬でしたが、仲の良い芸人の間寛平さんには知らせたという。

明石家さんま生い立ち継母兄弟

訃報を受けた間寛平さんは急いで奥さんから喪服を受け取り、会場に駆けつけたそうです。

ところが、奥さんから受け取った喪服のブラウスは女性のものでした。

仕方なく、間寛平さんはレースのついてフリフリのブラウスを着て出席したそうです。

さすがに明石家さんまさんにバレてしまい、葬儀の会場で爆笑が起きたのだとか。

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まとめ

今回は明石家さんまさんの生い立ちや家族との関係などについて、まとめました。

いつもパワフルな明石家さんまさんに、こんな過去があったなんて驚きですね。

その過去を乗り越え、糧にしてきたからこそ今の明石家さんまさんがあるのでしょうね。

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