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坂本スミ子の娘は歌手&夫は医師!元旦那との離婚理由がドロドロ?

坂本スミ子娘夫旦那画像

女優で歌手の坂本スミ子さん。

45歳の時、映画「楢山節考」で70歳の老女を演じたことで話題になりました。

そんな坂本スミ子さんは2回結婚しています。

では、坂本スミ子さんの娘、現在の夫(旦那)と元旦那について調査していきます。

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【画像】坂本スミ子の娘は歌手の石井聖子!

坂本スミ子娘夫旦那画像画像引用元:https://kumanichi.com/news/id82210

坂本スミ子さんは2回結婚しています。

子供は娘の石井聖子さん1人です。

再婚相手(現在の夫)との間の子供ですね。

石井聖子さんのwikiプロフィール&経歴を簡単にご紹介しますね。

坂本スミ子娘夫旦那画像画像引用元:https://www.nikkan-gendai.com/articles/image/life/232569/98496
  • 名前:石井聖子(いしいせいこ)
  • 誕生日:1973年9月20日
  • 出身:東京都
  • 学歴:上智大学文学部
  • デビュー:1996年

石井聖子さんは元歌手ですが、現在は企業経営者です。

2000年5月から、

父親が代表取締役を務めるドクターイシイコスメティックスで、

エステサロン運営と化粧品開発をしています。

また、父方の実家の熊本市内の幼稚園の経営にも携わっています。

坂本スミ子さんは歌手・女優として活躍していたので、

娘の石井聖子さんは坂本スミ子さんの影響で歌手になったのかもしれませんね。

2008年頃から親子でライブを開催していたり、共同制作の歌をリリースしたり、

親子仲はかなり良いですよ。

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【画像】坂本スミ子の現在の夫(旦那)は医師!

坂本スミ子娘夫旦那画像画像引用元:https://next.saract.com/sakamoto-sumiko-tetuko-8607/2

坂本スミ子さんの再婚相手、つまり現在の夫(旦那)は皮膚科医の石井禮次郎さんです。

残念ながら、2014年に病気が原因で他界しました。

石井禮次郎さんは、かなり偉大な成績を残した医師だそうです。

聖母幼稚園の理事長でありながら、

化粧品ブランド「SK-Ⅱ」の開発にも携わったそうです。

坂本スミ子娘夫旦那画像

では、石井禮次郎さんの略歴について簡単にご紹介しますね。

  • 名前:石井禮次郎(いしいれいじろう)
  • 日本赤十字中央病院皮膚科勤務
  • 鉄道中央病院皮膚科勤務
  • 昭和48年4月石井クリニックを開業
    (港区南青山に日本で初めて皮膚科とエステティックサロンを併設したクリニックを開業)
  • 株式会社カネボウ化粧品 顧問医
  • 株式会社ポーラ 顧問医
  • マックスファクター株式会社 顧問医
  • 上記の顧問医を歴任する

石井禮次郎さんは皮膚科専門医学博士で、さまざまな化粧品の顧問医を務めてきました。

化粧品会社「ドクターイシイコスメティックス」の代表取締役だったのですが、

現在は娘の石井聖子さんが継いでいますね。

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【画像】坂本スミ子の元旦那は誰?離婚理由がドロドロ?

坂本スミ子娘夫旦那画像画像引用元:Twitter

坂本スミ子さんの元夫(元旦那)は有名司会者だった栗原玲児さんです。

栗原玲児さんは現在、料理研究家の栗原はるみさんと再婚しています。

栗原玲児さんのプロフィールを簡単に紹介しますね。

  • 名前:栗原玲児(くりはられいじ)
  • 誕生日:1933年8月16日
  • 学歴:慶應大学
  • 妻:栗原はるみ

テレビ朝日の「モーニングショー」のサブ司会者、

フジテレビの「スター千一夜」のインタビュア、

バラエティやインタビュー番組の司会者として活躍。

 

坂本スミ子と元夫の離婚理由はドロドロ?

調べてみると、2人の離婚会見はかなりバチバチだったそうです。

二人で離婚会見を行った際に、

栗原玲児さんは「坂本側に離婚原因がある」という発言を繰り返していました。

一方、坂本スミ子さんは会見の翌日に反論。

  • セッ○スレス
  • 栗原玲児が同性愛者
  • 栗原玲児から「別れてくれ」と言われた

かなり衝撃的な反論理由ですが、

栗原玲児さんは栗原はるみさんと再婚して子供もいるので、

同性愛者はデマだと思いますね。

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坂本スミ子のwikiプロフィール&経歴

坂本スミ子娘夫旦那画像画像引用元:Twitter
  • 名前:坂本スミ子(さかもとすみこ)
  • 誕生日:1936年11月25日
  • 出身:大阪府
  • 職業:女優・歌手

坂本スミ子さんは学生時代から声楽を学んでいました。

高校卒業後、NHK大阪合唱団を経て、

ラテン歌手として独立してデビューしますが、当初は歌手として全く売れなかったそうです。

しかし、1959年にアイ・ジョージさんとともにトリオ・ロス・パンチョスの日本公演の前座歌手となり、

「ラテンの女王」として一気に有名になりました。

高校野球の応援ソングとして、

ラテンの名曲「エル・クンバンチェロ」は定番ですが、

その魅力を幅広く伝えたのは坂本スミ子さんであり、代名詞と言っても過言ではないですね。

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まとめ

坂本スミ子さんの娘、夫(旦那)について調査しました。

元夫との離婚会見はドロドロですが、

お互い再婚できて、幸せな家庭を築いていましたね。


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