大リーグで本塁打を連発する大谷翔平選手の活躍は、
世界中がどこまで活躍するのか全く予想できないほど異次元です。
今や世界を代表する野球選手になった大谷翔平選手の、
家族構成についても大きな注目が集まっています。
そこで大谷翔平選手の家族構成やエピソードについて、
両親(父母)の職業や気になる経歴などを調査していきます。
目次
【顔画像】大谷翔平の家族構成は5人!
大谷翔平選手の家族構成は、
- 両親(父親、母親)
- 兄
- 姉
- 大谷翔平
両親と兄と姉の5人家族で、
お兄さんとお姉さんは結婚していると報じられています。
【顔画像】大谷翔平の兄
- 名前:大谷龍太(おおたに りゅうた)
- 国籍:日本
- 出身地:岩手県奥州市(旧水沢市)
- 生年月日:1988年3月20日
- 身長:187 cm
- 体重:87 kg
- 投球・打席:右投右打
- ポジション:外野手
大谷翔平選手の兄の大谷龍太さんは7歳年上です。
身長は187センチで、同じく野球選手です。
大学卒業後は一般企業に勤務しながら、
クラブチーム水沢駒形野球倶楽部に所属。
2010年に、四国・九州アイランドリーグの
高知ファイティングドッグスに入団。
2012年に父の会社が発足したトヨタ自動車東日本に入団。
2021年現在は、
コーチ兼外野手としてプレイしています。
【顔画像】大谷翔平の姉
姉の大谷結香さんは大谷翔平選手より2歳年上になります。
姉の結香さんは綾瀬はるか似の美人と言われていて、
母親と一緒に大谷翔平選手の試合を観戦している姿もキャッチされました。
たしかに結香さんも高身長でスタイル抜群の美女で、
大谷翔平選手と同じ優しい雰囲気に包まれています。
大谷翔平選手は末っ子ということになりますが、
何となく末っ子の雰囲気が出ていると感じる人も多いかもしれませんね。
また、姉の結香さんも164cmで、
結香さんは学生時代はバレーボールをしていました。
2020年1月に結婚し、
旦那さんは大谷翔平さんの出身母校である花巻東高校の
野球部の部長の流石裕之さんです。
【顔画像】大谷翔平の父親
父親の名前は大谷徹さんです。
出身高校は岩手県立黒沢尻工業高校で、
高校時代は野球部に所属しており、外野手として活躍をしていました。
大谷翔平選手や兄が野球をしているのは、間違いなく父の影響ですね!
身長は182cmで母親の加代子さんも170cmなので、
大谷翔平選手が高身長なのも納得です。
徹さんは高校卒業後、
三菱重工の横浜製作所に創設された硬式野球部に所属し、
社会人野球でも外野手として活躍していました。
しかし、24歳のときに腰痛を患い、
野球を引退しました。
引退した年の年末に大谷翔平選手の母の加代子さんと結婚。
【顔画像】大谷翔平の母親
大谷翔平選手の母親は大谷加代子さんです。
大谷翔平選手が笑ったときの表情は母親にそっくりとの声も多く、
父親とも似ていますが母親似の印象が強いです。
母親は大谷翔平選手が生まれた後、
水沢市内の飲食店でパートをしていたという。
やはり子供3人ともスポーツをしていたので、
食費など家計が大変だったのかもしれません。
大谷翔平選手の家族も計り知れない才能を開花させている姿を、
ひょっとしたら誰よりも一番驚いてるかもしれませんね。
大谷翔平選手の家族はスポーツ一家としても知られているので、
大谷翔平選手も天性の才能を爆発させている最中ですね。
大リーグで超人的な活躍を続ける大谷翔平選手ですが、
家族の支えがあるからここまで来れたのでしょう。
【大谷翔平の両親の職業】父親は監督?
大谷翔平選手の父親の徹さんの職業については、
まずざっくり説明すると、
横浜の三菱重工で社会人野球選手
↓
岩手県の自動車ボディメーカーで働きながら、少年野球の監督
↓
地元の中学硬式野球クラブを立ち上げ、監督業に専念
となります。
社会人野球選手時代
父親は岩手県立黒沢尻工業高校を卒業していますが、
高校時代は野球部に所属しており、外野手として活躍をしていました。
高校卒業後に横浜の三菱重工で社会人野球選手として活躍。
しかし、徹さんは肩の故障や腰痛などもあり、24歳の時に現役引退しました。
その後、三菱重工の横浜グループ企業で勤務を続けた後、
1991年に転職されています。
働きながら少年野球チームの監督
1991年に父・徹さんの地元である岩手県の自動車ボディメーカーに転職し、
昼夜2交代制勤務の工場で働いていますね。
夜間勤務もあるハードな工場勤務をする傍ら、
大谷翔平選手も所属していた少年野球チームの監督も務めています。
1週間交代で夜勤と日勤を交代で勤務していたので、
生活リズムを維持するのは本当に難しかったと思います。
夜勤明けでも一睡もせず大谷翔平選手を連れ練習に行くなど、
野球に対する情熱は人一倍強かったのは間違いありません。
監督業に専念
そして、大谷翔平選手がプロ入りした翌年の2014年には、
有志と共に地元の中学硬式野球クラブを立ち上げました。
野球クラブと本業の二足のわらじ生活を送っていましたが、
2016年に自動車ボディメーカーを退職し、
監督業に専念しています。
自動車ボディメーカーを退職後は現在に至るまで監督業に専念し、
指導者として後進の指導に注力されています。
大谷翔平選手もバッティングは父親から教わったと話していて、
父・徹さんがいたからこそ、
現在の大谷翔平選手の活躍があるのは間違いありません。
徹さんの指導法はスパルタではなく自主性を重んじるスタイルなので、
大谷翔平選手が本当に野球が好きだったからこそ
才能が開花したと思います。
【大谷翔平の両親の職業】母親は元アスリート選手?
大谷翔平の母親は陣内貴美子と対戦してた
大谷翔平選手の母親の加代子さんも元アスリート選手で、
中学時代はバトミントン部に所属し、
神奈川県代表メンバーに選出されています。
中学3年生のときには
全国大会団体女子の部で惜しくも準優勝に終わりますが、
準決勝で破れた相手はバルセロナ五輪に出場した陣内貴美子さんでした。
もし準決勝の相手が陣内貴美子さんじゃなかったら、
加代子さんの人生も大きく変わっていたかもしれませんね。
陣内貴美子さんと試合をしていたと聞くだけで驚きですが、
あの陣内貴美子さんと対等に戦える加代子さんは本当にすごいです。
その後も加代子さんと陣内貴美子さんは何度も戦っているので、
お互いにライバル視していた可能性は高そうです。
大谷翔平の母親は父親と同じ会社だった
中学卒業後はバトミントンの強豪校の神奈川県立横浜立野高校に進学し、
高校卒業後は三菱重工のバトミントン社会人チームに所属しています。
私も学生時代はバトミントンを遊びでやっていましたが、
バトミントンの試合は想像以上にハードでかなりの体力がないと持ちません。
大谷翔平選手の父親も高校卒業後は三菱重工で勤務していました。
徹さんとは三菱重工の頃に出会っているので、
まさにスポーツが結んだ運命の出会いといった感じですね。
加代子さんは大谷翔平選手が生まれた後に岩手県で、
飲食店でパートをしながら子供3人を育て上げています。
食べざかりの子供3人の食費だけを考えても、
大谷家を支えていくには加代子さんもパートをしないと大変だったと想像します。
加代子さんも元アスリートだからこそ大谷翔平選手の気持ちがわかり、
さりげないアドバイスを送れるところも魅力ですね。
まとめ
大谷翔平選手の家族構成について調査してきましたが、
両親とも大谷翔平選手に負けないくらいアスリートなのは驚きでした。
両親ともアスリートで大谷翔平選手が才能豊かなのも、
間違いなく両親のDNAを受け継いでいると断言できます。
大谷翔平選手の家族は前面に出過ぎないところも、
大谷翔平選手の人柄を表しているように感じましたね。
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