森山直太朗さんは、
まじめな印象のシンガーソングライター。
独自の路線を貫いていますよね。
今回は、森山直太朗さんの学生時代の話。
このページでは、
「森山直太朗の中学・高校は成城学園?」「森山直太朗の大学はどこ?」
「学生時代のエピソード!サッカー一筋でプロ目指してた?」などについてお伝えします。
どうぞ、ご覧ください。
目次
森山直太朗の中学・高校は成城学園?
森山直太朗さんの中学・高校は成城学園?
森山直太朗さんは、
成城学園のOBであることは間違いありません。
それを確認できる材料の1つとしては、
成城学園の100周年のイベントに関わっているニュースがあります。
これは大学OBということ?
中学・高校は、どうなの?
そのように、
まだ納得できない部分がありますよね。
そこで、次の記事を確認!
注目したいポイントは、こちら。
- 楽曲を共作してきた「御徒町凧(おかちまちかいと)」さん。
- 共通の母校である東京・成城学園。
- 元々高校サッカー部の先輩後輩という仲だった。
「高校の先輩後輩」となっていますよね。
これで、
森山直太朗さんの高校(時代)は成城学園だったということがわかります。
成城学園(成城中学校・高等学校)は、中高一貫教育の学校です。
森山直太朗さんが在学していたころは、
成城学園は併設混合型中高一貫校(高校からも入学できる)でしたが、
芸能人の2世(母は森山涼子さん)なので、
中学校から成城学園だったろうと思われます。
成城学園は、どのような学校なのでしょうか?
それについては、
BSテレ東の『THE名門校 日本全国すごい学校名鑑』はでも特集されていました。
テレ東プラスの記事では、
指揮者・小澤征爾、俳優の高嶋政宏・政伸兄弟、歌手の森山良子・直太朗親子、
及川光博など、卒業生に錚々たる著名人が名を連ねる名門校…
と「成城学園」を紹介しています。
学校の成り立ちは、次のような感じ。
ものすごく簡単に言うと、
「お金持ちが行く学校(お坊ちゃん、お嬢様)」で「校風が自由」なので、
「芸能人の2世」あるいは「芸能活動をしている10代」にとっては、
「成城学園」は通学しやすい学校なのでしょうね。
森山直太朗の大学はどこ?
「森山直太朗さんの大学はどこ?」の答えは、
先ほども触れたように「成城大学」です。
在学期間は、
1995年4月~1999年3月。
高校が成城学園(成城中学校・高等学校)なので、
一般受験での進学ではなく、
おそらく森山直太朗さんは内部進学ですね。
Wikipediaその他ネット上の情報では、
森山直太朗さんの大学時代の専攻は経済学部となっています。
確実なところでは、
クラウドファンディング「READYFOR」のページで、
森山直太朗さんの大学情報を見つけました。
こちらの「【成城大学学生応援プロジェクト】withコロナ時代のサポートを!」に、
「応援メッセージが届きました!」という紹介があるのです。
森山直太朗さんの紹介に、
次のように「1999年経済学部卒業」と記載されていました。
成城大学の所在地は、
「東京都世田谷区成城6-1-20」。
世田谷区は都心からは離れているところにあり、
多摩川を境界に神奈川県と隣接しています。
成城の他にある有名な街は、
三軒茶屋、下北沢、等々力、二子玉川など。
「イラスト版キャンパスマップ」で見ると、
「成城大学」のエリアは次のような感じです。
キャンパスのある世田谷区成城は、
閑静な高級住宅街として知られています。
有名人の親御さんたちからすると、
安心して通学させることができるのでしょうね。
歴史をチェックすると、
成城学園の始まりは1917年(大正6年)になっています。
成城大学が創設されたのは、1950年。
森山直太朗の学生時代のエピソード!サッカー一筋でプロ目指してた?
学生時代はサッカー一筋でプロ目指してた?
森山直太朗さんは、
高校時代はサッカー部に所属。
「森山直太朗オフィシャルサイト」の「BIOGRAPHY」のページにも、
『少年時代より一貫してサッカーに情熱を傾ける日々を送る』と書いているほどです。
サッカー愛は有名で、
『第100回全国高校サッカー選手権大会』の応援歌に、
森山直太朗さんの作詞・作曲「懐かしい未来」が選ばれています。
歌唱は、上白石萌音さん。
この応援歌「懐かしい未来」に関するインタビューでは、
高校サッカーやJリーグのことなど、
森山直太朗さんは熱く語っています。
本人の言葉ではありませんが、
プロを目指していたことについて、
取材側の文章として次のような箇所がありました。
森山直太朗さん本人の言葉では、
高校3年生のラストプレーのことを振り返っているところがあります。
終わった瞬間は、本当にあっけなかった。
都大会の2回戦くらいで、負けるはずがない相手に負けたんです。
キャプテンをやっていたんですけど、
今でもその瞬間がずっと忘れられないでいる。
学生時代のエピソード
ストリートミュージシャン活動?
森山直太朗さんには、
大学在学中から、
吉祥寺の井の頭公園などでギターを抱えて歌うようになる。
というエピソードがあります。
そのころの写真らしきものは、こちら。
やがて、
ライブ・ハウスでのライブ活動を展開するようになったそうです。
「御徒町 凧」との関係
こちらのTwitter投稿にあるように、
いっしょに曲作りをしている御徒町 凧(おかちまち かいと)さんと出会ったのは、
成城学園高等学校サッカー部の時代。
通学電車の乗継駅が森山直太朗さんの自宅の最寄りだったということもあり、
よく遊びに行くようになったそうです。
中学生時代に玉置浩二と風呂に入ったエピソード
学校でのエピソードではありませんが、
中学生時代に森山直太朗さんは、
玉置浩二さんと風呂に入ったという話があります。
森山直太朗さんの実家には、
母親の森山良子さんのミュージシャンの仲間たちが集まることが多かったそうです。
「何か歌え」などと言われるのが嫌で、
中学生の森山直太朗さんは自分の部屋に潜むというのが毎度のパターン。
ある日、
「直太朗。いるのは分かってるんだよ。
下、降りてこなくていいから、一緒にお風呂入ろう」と呼びかける人がいたという話。
それがなんと、
玉置浩二さんだったのです。
すごい、思春期ですね。
まとめ
近年の様子では、
森山直太朗さんは2021年3月15日にTikTok公式アカウントを開設して、
「TikTok LIVE」などの新しい挑戦をしています。
意外と、スタンスは革新的です。