落語家の林家こん平さん。
2020年12月21日、誤嚥性肺炎のために他界しました。
そんな林家こん平さんの家族について注目したいと思います。
では、林家こん平さんの息子や娘、若い頃のエピソードを調査していきます。
目次
林家こん平の家族構成!息子いる?

林家こん平さんは1943年3月12日に新潟で誕生し、
2020年12月21日に誤嚥性肺炎のため都内の病院で死去しました。
長年、落語家として「笑点」で活躍してきましたね。
まずは、林家こん平さんについて簡単にご紹介しますね。
- 名前:林家こん平(はやしやこんぺい)
- 本名:笠井三男(かさいみつお)
- 誕生日:1943年3月12日
- 出身:日本、新潟県
- 所属:落語協会
2004年:声帯に異常が見つかる。
2005年:多発性硬化症を発症。
2013年:糖尿病により左足が壊死、呼吸困難になる。
2020年:誤嚥性肺炎が原因で死去。
多発性硬化症を患ってからは、家族の支えが不可欠になりました。
そんな林家こん平さんを支えた家族をご紹介します。
林家こん平さんには息子はいません。
娘は2人で、次女が主に林家こん平さんの介護をしていたようです。
また、メデイア出演や顔出しがあるのは次女のみでした。
【画像】林家こん平の娘は社長?wikiプロフィール&経歴

林家こん平さんは2005年に「多発性硬化症」を発症し、
手足の麻痺や言語障害などで現役の噺家の仕事から退いていました。
一時期は同時に糖尿病が悪化し足の指を3本切断したこともありました。
そんな父親を支えていたのは次女の笠井咲さんです。
また、1998年に林家こん平さんの奥さんが脳出血で倒れた際も次女が介護をしていました。
長女に関してはまったく情報はないので、
ここでは次女について詳しくご紹介します。
林家こん平の娘(次女)は社長?wikiプロフィール&経歴

- 名前:笠井咲(かさいえみ)
- 出身:東京都豊島区
- 血液型:B型
- 趣味:ドライブ、海外旅行、人間観察
- 特技:華道
林家こん平さんの娘(次女)は幼少期から雑誌やワイドショーに出演していました。
短大卒業後、会議や海外賓客の接待に携わる政党本部総務部に務めていました。
退職後、アパレル業界、医療機関、報道機関など様々な仕事を経験したそうです。
要するに、
芸能界に限らず、
政治・医療・アパレルなどマルチで活躍していたのですね!
出産・育児そして介護をしながら、
2014年に林家こん平さんの事務所を設立し、マネージャーとして活動。
同年、イベント会社「株式会社 EMIプランニング」を設立。
つまり、今はイベント会社の社長でもあります。
林家こん平の娘(次女)の会社の事業内容
次女の笠井咲さんは父親を介護しながら、
イベント会社「株式会社EMIプランニング」を設立します。
事業内容は、以下のようになっています。
【イベント企画】
- おもてなし・マナー講座
- ダイエット講座/美魔女セミナー
- 教育機関での講演
- 落語絵本読み聴かせ講座・心に響く話し方講座
- メンタル心理カウンセリング講座
- 笑顔で織りなすクレーム講座
【介護講演、落語会の企画・運営】
病気と闘っている方、介護に苦労する家族のための「介護落語講演」や、
子供も一緒に聞ける新しいスタイルの落語会等。
【落語絵本読み聞かせ】
落語絵本読み聴かせを幼稚園・小学校などで行う。
伝統文化芸能を身近な絵本を通して、読み聴かせする事によって創造力や言葉の大切さを学ぶ。
【司会・MC・コンサートナビゲーション】
行政のセレモニー・会社のイベント・子供向けイベント・結婚式・選挙イベントなど、司会やMC。
詳しく公式サイトをご覧ください。
自らもコンサートや結婚式の司会、講演会をしているそうです。
林家こん平の事務所を立ち上げたのは理由があった
娘(次女)が林家こん平さんの個人事務所を立ち上げたのは、
林家こん平さんに前向きになってもらいたかったからです。
自身はマネージャーを担当し、
闘病でふさぎ込み気味だった林家こん平さんに仕事をしてもらい、
前向きの気持ちにさせたそうです。
父・林家こん平さんと共に新潟朱鷺メッセイベント、
大学や難病の会などで介護講演等を行っていたそうです。
また、都電荒川線の車内で落語を楽しませるための
「都電落語会」も開いていました。

林家こん平さんは仕事をすることで前向きになってから、
要介護4から要介護2まで回復させたそうです。
やっぱり人前に立ちたい気持ちがあったのでしょうね。
林家こん平と娘は若い頃は仲悪い?

林家こん平さんのことをとても大切に思う娘(次女)ですが、
子供の頃は林家こん平さんのことが嫌いだったそうです。
この話は2018年12月に放送された「徹子の部屋」で語られていました。
どうやら、若い頃の林家こん平さんは酒癖が悪く、
家庭を顧みず酒に溺れていたそうですよ。
そのため、「父親が許せなかった」と語っていましたね。
しかし、林家こん平さんが難病「多発性硬化症」を発症してから、
関係が劇的に改善したそうです。
また、自身のイベント会社が開催する講演会などでは、
必ず父親の話をするそうです。
まとめ
林家こん平さんには息子はいませんでした。
娘は2人いますが、情報がわかっているのは次女だけですね。