河村勇輝はさんは、
B.LEAGUE・横浜ビー・コルセアーズ所属のバスケットボール選手です。
今回は、感動の手紙で話題になった河村勇輝さんと祖母の関係。
このページでは、
- 「河村勇輝は祖母に育てられた?」
- 「河村勇輝の両親は教師で多忙だった?」
- 「河村勇輝の兄弟は何人?」
などについてお伝えします。
どうぞ、ご覧ください。
河村勇輝は祖母に育てられた?
河村勇輝のプロフィール
はじめに、
河村勇輝さんのプロフィールを確認していきます。
【河村勇輝さんのプロフィール】
- 名前:河村 勇輝(かわむら ゆうき)
- 生年月日:2001年5月2日(2023年8月現在 – 22歳)
- 出身地:山口県柳井市
- 身長:172cm
- 体重:72kg
- 所属:B.LEAGUE・横浜ビー・コルセアーズ
河村家の庭にはバスケットボールのゴールが設置されていて、
バスケットボール選手だった父の影響もあって、
河村勇輝さんにとっては、
6歳の頃からバスケットボールは身近な遊びの1つになっていたそうです。
小学校2年生までの河村勇輝さんが熱を入れていたのは、
バスケットボールよりも少年野球。
インタビュー記事では、
(野球グッズを買いに行ったスポーツショップで)
『バスケのユニフォームの方がカッコイイ』と思ってしまって(笑)。
……(小学校2年生で)急にバスケに変更しちゃいました。
と河村勇輝さんは答えていました。
地元の「柳井ミニバス」で、ミニバスケットボールを始めます。
小6年生のときには、全国ミニバス大会で優勝。
柳井中学校では、
3年生の最後に目標としていた全国ベスト16進出を果たしています。
福岡第一高等学校では全国大会でタイトルを4回獲得。
ウィンターカップでは2連覇を達成しベストファイブにも選ばれました。
2020年1月20日、三遠ネオフェニックスに特別指定選手として加入。
2020年4月、東海大学に進学。
2020年12月19日、横浜ビー・コルセアーズ に特別指定選手として入団。
2022年3月3日には、東海大学を中退。
横浜ビー・コルセアーズと特別指定選手契約の2021-22シーズン終了まで延長。
2022-23シーズンのプロ契約締結を発表。
河村勇輝は祖母に育てられた?
河村勇輝さんは、史上初のMVP&新人賞に輝きました。
2023年6月2日に行われた「Bリーグ年間表彰式」で、
河村勇輝さんは祖母の手紙に涙を流し、
それが大きな話題となったのです。
河村勇輝さんの祖母からの手紙は、
B.LEAGUE(Bリーグ)の公式X(旧Twitter)でも紹介されています。
『両親が教師で忙しく、小さい頃から、朝晩はいつも私の家で過ごしていましたね。』
幼い頃から見守り続けてくれた祖母からの手紙に、涙が溢れる河村勇輝。@KawamuraYuki @b_corsairs #Bリーグアワード #Bリーグ pic.twitter.com/VMuV0pMoLR
— B.LEAGUE(Bリーグ) (@B_LEAGUE) June 2, 2023
幼い頃、河村さんはおばあちゃん子でした。
両親は多忙のため、朝から夜まで、
学校とバスケの練習以外はほぼ祖母と一緒にいたそうです。
大好きなおばあちゃんは、現在80代。
「病気で高齢でも必死に生きている祖母の姿を見ていると、どんなつらいこともやっていける」
と河村さんはインタビューで答えています。
河村勇輝の両親(父母)は教師で多忙だった?
B.LEAGUE(Bリーグ)の公式X(旧Twitter)の動画では、
祖母との河村勇輝さんの写真と手紙文は次のように紹介されていました。
小学校入学時の河村勇輝さんと祖母の画像。
祖母といっしょに過ごした様子の手紙。
こちらにある通り河村勇輝さんは、
「両親が教師で忙しく、小さい頃から、
朝晩はいつも私の家で過ごしていましたね。」
という幼少期だったようです。
2023年6月2日の「Bリーグ年間表彰式」のネットニュース記事とは別に、
2023年8月22日の特集記事でも河村勇輝さんと祖母の話が出ていました。
こちらの「祖母の姿を見ていると、どんなつらいこともやっていける」の記事では、
河村勇輝さんの幼少期の生活について次のようなことが伝えられています。
河村勇輝さんは、おばあちゃん子。
両親は教員で多忙のため、朝起きたら徒歩2分の祖母の家へ行きます。
朝食を食べ、一緒に小学校へ登校して、祖母の家に帰宅。
そこから河村勇輝さんは、
祖母にバスケットの練習に連れていってもらっていたそうです。
こちらの画像が掲載された「ASICS」公式サイトの「河村勇輝さん特集記事」では、
父親について次のような話が書かれています。
父親の吉一さんは、河村勇輝さんが進学した柳井市立柳井中学校の教員。
さらに、バスケットボール部の顧問。
記事では、父親の厳しかった様子も明かされていました。
河村が入学したころの柳井中バスケ部は、県大会で1〜2回勝てるくらいの実力のチームだった。父は同中の教員で、バスケ部の顧問。学校生活も部活も気が抜けない環境で、河村は1年生のころからスタメンとして試合に出場しつつ、週に3回学習塾に通い、学校のテストでは200人程度の同級生の中で1ケタ台の順位をキープしていた。塾がある日の就寝時間は23時ごろになり、翌日は7時前から始まる朝練に参加しなければいけない。「ギリギリまで寝ようと思ってたんですけど、親に早めに起こされて……。めちゃくちゃつらかったです」と苦笑いで振り返った。
引用元:https://www.asics.com/jp/ja-jp/blog/article/hardcorebasketball-kawamura
河村勇輝さんのインタビュー記事や取材記事には、
母親のエピソードは出てきません。
どこの学校の教師をしているのかは不明です。
河村勇輝の兄弟は何人?
河村勇輝さんには、姉が2人います。
名前や顔写真は公表されていません。
姉がいることについては、
「ASICS」公式サイトの「河村勇輝さん特集記事」には、
次のように書かれた箇所があります。
「可愛がられて育った」というあたりは、
いかにも末っ子らしい感じですね。
同じ「ASICS」公式サイトの「河村勇輝さん特集記事」には、
2人の姉について次のような話もありました。
……部活動で日本一になることでなく、バスケと勉強を両立することが目標でした。
姉たちが通う地元の進学校に入って、教育系の国立大学に進学して、
体育の先生になりたいと思っていたんです…
姉たちが通う進学校とされる高校の名前は明かされていませんが、
地元・山口県柳井市の学校で調べると、
次の3つくらいしかありませんでした。
- 山口県立柳井高等学校
- 柳井学園高等学校(衛生看護科のある高校)
- 山口県立柳井商工高等学校
「地元では進学校として大学進学をする学生さんが多い高校」という口コミがあったので、
河村勇輝さんの2人の姉の出身校は「山口県立柳井高等学校」だと思われます。
河村勇輝さんの2人の姉の情報は、他にもありました。
バスケットボール総合情報サイト「Basket Count」では、
[ウインターカップ特集]福岡第一の河村勇輝(後編)という記事。
この中で、
2人の姉は早稲田大学に進学していることが明かされています。
姉が2人いて、僕は3人姉弟の末っ子です。
姉はすごく勉強をやっていて、今は早稲田大学を卒業しました。
僕はスポーツをやりながらも、
姉たちの姿を見て勉強と両立するのは当たり前だと思っていた部分はあります。
まとめ
河村勇輝さんは、
家族のサポートがあってプロのバスケットボール選手になりました。
現在は国内トップクラスのプレーヤーです。